当院の取り組み
【外科】腹腔鏡手術とは
1 腹腔鏡手術とは
腹腔鏡手術(内視鏡手術とも)は、体内に直径5mmの細いテレビカメラを挿入し、体内を映し出す高画質のモニターを観察しながら患部の切除などを行う手術で、全身麻酔をかけて行われます。今から約30年前に胆嚢摘出に導入され、その後大腸、胃、ヘルニア、最近では食道、肝臓、膵臓の病気の治療に導入されています。従来よりも小さな傷で手術が行えることから患者さんへの負担が小さく、開腹手術と比べて入院期間が短いというメリットもあるため盛んに行われるようになっています。
ちなみに、同じ「内視鏡」でも胃カメラや大腸カメラは内科的治療になるため、外科治療である腹腔鏡手術とは異なります。
2 腹腔鏡手術の一般的な手技
通常はおへその皮膚を切開して10〜30mm程度の小さな傷をつけ、おなかの中にカメラを挿入します。それだけでは何も見えないのでおなかに炭酸ガスを注入して、東京ドーム(大きさがあまりに違いますが)のような空間を作ります。その他に両手に相当する鉗子を挿入する細いパイプ(ポートと呼んでいます)を数本腹壁から挿入して手術を行います。テレビ画面の解像度はハイビジョン相当で、かなり細かいものまで観察出来ます。さらに電気メスや、出血しない特殊なメスを用いてさまざまな手術を行っていきます。手術では多くの場合病気の部分を摘出することになりますが、摘出には臍部の傷を少し広げてここから取り出すのが一般的です。(臍(おへそ)は陥凹しているために傷跡が隠れやすく目立ちません)
3 腹腔鏡手術の対象となる疾患・病気・病態
腹腔鏡手術は一部の悪性疾患とほとんどの婦人科良性疾患(子宮筋腫や良性子宮付属器(卵巣)腫瘍など)に対して行うことが出来ます。腹腔鏡手術が導入された当初は胆石の手術に用いられました。その後カメラの進歩(解像度が飛躍的によくなりました)、道具の進歩(さまざまな鉗子や電気メス、縫合器などが開発されています)、技術の進歩(外科医師が道具の進歩を結果に結びつけられるようになりました)により対象は徐々に広がり、外科手術のほとんどすべての領域に導入されています。
よく行われている腹腔鏡手術には以下のようなものがあります。
- 腹腔鏡下胃手術(胃全摘術、幽門側胃切除術など)
- 腹腔鏡下膵手術(膵尾部脾切除)
- 腹腔鏡下胆嚢摘出術
- 腹腔鏡下大腸手術(低位前方切除術、直腸切除術、結腸切除術、直腸切断術など)
- 腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術
- 腹腔鏡下肝手術(肝部分切除、外側区域切除)
ただし、器械が進歩したといっても人間の手のレベルには及びません。またテレビカメラで見るためには一定の空間が必要になりますので一部の進行がんや癒着の強い例、大きな病変に対しては従来の開腹手術を併用しています。当院では腹腔鏡手術の安定した結果が見込める胆石症(ほぼ全例が対象)や胃がん(主として早期がん)、大腸がん(早期がん・進行がんとも対象)、一部の肝臓がん・膵臓がんに対して腹腔鏡手術を行っています。また小さな傷から広い範囲の観察が出来るメリットを生かし、鼠径ヘルニアや腹壁瘢痕ヘルニアの治療も腹腔鏡手術が主体になっています。一方肝胆膵領域や食道など手術操作が複雑になる領域ではより手術を安全確実に行うために(手術は安全確実に完了させることが最大の目的になります)従来の開腹手術を行っています。
4 腹腔鏡手術のメリット・デメリット
前にも触れましたが腹腔鏡手術の最大のメリットは小さな傷でもよく見えることです。手術する我々外科医師にとって、よく見えるということは何にも増して大きな利点になります。従来大きな傷をつけなくては見えなかった体奥深くの病変が、小さな傷からよく見えることは操作性が悪いというデメリットを遙かに凌駕します。患者さんにとっては、傷が小さいことから術後の痛みが少なく、回復が早いため早期に退院・社会復帰出来るという恩恵があります。
一方、腹腔鏡手術の最大のデメリットは手が使えないことになります。自分の手指は自由自在に強弱をつけて対象を把持出来ますし、さまざまな角度に動きます。現在使用可能なさまざまな機器は人間の手がもつ優れた能力にはまだまだ及びません。手でなければ持てないような大きな病気への対処や、大量出血への対応、臓器同士の吻合など手が使えれば自在に対処出来る手技については、腹腔鏡手術はまだ苦手にしています。しかし苦手な面をどうやって克服するかの努力はさまざまな工夫を生み出し、現在のように腹腔鏡手術が盛んに行われるようになりました。
5 腹腔鏡手術による治療実績
胃や大腸などの内臓に対する腹腔鏡下手術以外に当科では鼠径ヘルニアや腹壁ヘルニアといったおなかの壁を修復する手術に腹腔鏡手術を多く用いています。
鼠径ヘルニアは2019年1月~12月 に施行された手術74例中骨盤手術の既往や整復の出来ない例を除いた42例に腹腔鏡手術が行われました。従来の開腹手術より遙かに小さな傷から広い範囲を剥離することが可能で、大きな補強材を用いて再発リスクを抑える修復を行うことが可能です。また傷はおへそのところ1箇所で行いますので、よくいらっしゃる両側ヘルニアの患者さんにも1箇所の傷から治療を行うことが出来ます。またヘルニアが脱出する箇所を確認して治療を行いますので、再発ヘルニアなど難度の高いとされている病気の患者さんにも適切な治療を行うことが出来ます。腹壁ヘルニアは、手術を受けた傷の部分がヘルニアとなる瘢痕ヘルニアと、手術と関係なく発生する腹壁ヘルニアがありますが、2016年4月から2020年7月までに行った修復術約50例のうちほぼ90%が腹腔鏡で行われています。開腹手術で行う場合どうしても傷が大きくなり術後感染症にかかる患者さんがいらっしゃいましたが、腹腔鏡手術を導入することで術後感染症の防止につながっています。また、かつては皮下気腫や腸閉塞、血栓症なども見られましたが、最近では補強材(mesh)を腹膜と腹筋の間に挿入する術式が多く行われ、補強材に関連した合併症も少なくなっています。癒着が強固な場合、腸管や膀胱、尿管といった隣接臓器を損傷する偶発症が考えられますが、頻度は高くありません。
小さな傷で合併症を起こしにくく、より的確な手術を行うという点では鼠径ヘルニア、腹壁ヘルニアが最も腹腔鏡手術のメリットを多く受けているのかもしれません。